生きる方向にほんの少しだけ足の先が向いた

 

林:結局泉谷先生とたぶん26くらいで出会って、このひきこもりが。だから出会った頃がもうどんどん「どん底」へ。で、27くらいでもう底ですよね。で、ここからまた復調していくんですけど。たぶんこのあたりから泉谷先生と本当の意味で始まるんですよね。なので先生と出会ってからはまだまだ落ちて行っているので。

 

 

 

杉本:底を打ってなかったんですね。出会いのときには底を打ってる状態ではなかったんですね。

 

 

 

林:まだなっていなかったかもしれませんね。で、割とこの先生、どうも信用できるかもしれないと思って対話をしていくんだけど、まだ本当の意味で先生とやりとり出来てないんですよ。

 

 

 

杉本:うん、わかるような気がします。

 

 

 

林:たぶん本当のやりとりが出来るようになるのはこのひきこもりの後半だと思うんですよ。なので、この辺ではまだまだ泉谷先生という存在がぼや~とまだぼんやりしている。で、どんどん底をついて、もう本当のいわゆる「底つき」という風になったときに。あの~、泉谷先生にですね、私ね、もう16才からじゃないですか?もうず~っと。その渦中も精神的にきつかったんですけど、でも「死にたい」と思ったことはなかったんですよ。

 

 

 

杉本:うん。ぼくも「死にたくない人」ですからね(笑)。基本的に「死にたくない病」を本質にしてますからわかりますね。

 

 

 

林:ところがこの最終的などん底のときには死にたくはないけど、もうこんな自分のね。もうどうやって生きていったらいいか皆目わからないし、一切の希望もないからもう死ぬしかないんだな、と。このとき初めて思ったんです。

 

 

 

杉本:そのときは冷静に思ったんですか?

 

 

 

林:えっとね。冷静だったのかなあ?冷静というよりも本当に絶望の果てに、「もうよく頑張ったね」と。もうしょうがないよ、ここまでやってダメだったんだから、というような気持ちですかね。まあ仕方ないな、あなたにとって生きる道というものはもうないんだ、もうしょうがないな、という気持ちだったんですね。

 

 

 

杉本:う~ん。うん、うん。

 

 

 

林:で、このときに泉谷先生に会いに行ったときに、「先生、私もう無理だからもう終わりにしたいと思います」って言ったんですよ。そしたら先生が「やってみたらいいですね」って仰ったんですね。それで、「ああそうか」と思ったんです。何かもう、ぼ~としてるんです。そのときは。

 

 

 

杉本:うん。

 

 

 

林:でも先生が一拍置いたあとで、「でも、本当のあなたはあなたの底のほうに眠っているだろうから、そのあなたまで一緒に消えてしまうのは残念ですね」と仰ったんですね。

 

 

 

杉本:う~ん。

 

 

 

林:でも私は特にそれに反応することもなく、「じゃあさようなら」と言って帰って。で、家に帰って。まあ具体的に考えたんですよね。どういう手段をとるかと。あんまり苦しいのも嫌だし、あんまり醜く死ぬのも嫌だしな、と思ってるわけですよ。で、そうこうしているうちにだんだん日が経っていって。どれくらい日が経ったのかなあ?2週間とか3週間とか経ったですかね。で、それまでともかく私は、そのときの私はね。「誰のことも傷つけたくないし、誰からも傷つけられたくない」。それが一番嫌なことだったんですね。けれども生きていくのだとしたら、それは2つとも絶対に避けられない。なので、もしそれが出来ないんなら本当にここで死のう、と。そういう気持ちになったんです、たぶん。

 

 

 

杉本:なるほどね。うん。

 

 

 

林:で、その思いを。何かその思いを心の奥のほうでじ~っと抱えたまま、何となく日が過ぎて行ったんですよ。太陽が昇って沈んで、昇って沈んで。で、あるときふと、そこからたぶん数日経ったと思うんですけど、何か生きるのと死ぬのとあったときに、足のつま先がね。ほんのちょっとだけ生きるという方向に、ほんのちょっとだけ向いた気がしたんです。そのとき私は避けられないから頑張っていこうと思ったわけでもないし、もう一度生きようと思ったわけでもないし、希望を見つけたわけでもないんですよ。ただ、私の心とか頭ではなくて、どうもこの身体がちょっとだけこっち(生)に向いた気がしたんですね。これはもう、何とも言いがたい感覚なんですけれども。

 

 何も決心してないんですよ。だけど何かそう了解したんですね。で、一日一日こっち(生)のほうにどうも歩いていったらしいんですよ。そこから一ヶ月か二ヶ月経ったときに、「そっか」と。じゃあとりあえずバイトでも探さないとお金もないし、外、出れないなあなんて思って。で、たぶんそれは6月くらいで。ちょうどデパートのお中元のバイトの募集をしてたんですよね。デパートって夜8時までやっているので、ちょうど夕方の4時~8時というバイトがあったんですよ。

 

 

 

杉本:そのときはまだ昼夜逆転は続いているんですね?

 

 

 

林:もう全然逆転してます。で、夜だったら何とか行けるかもしれないし、時間も短いし、まあ短期じゃないですか。長くても40日。でまあ、面接行くだけ行ってみようと思って。たまたま私、隣の駅にデパートがあったんですね。で、それを機に行くんですね。その面接を受けに行った日のことは、すごくよく覚えてるんですよ。天気のいい日で、履歴書持って何かお散歩気分。けっこうすがすがしい気分で。まあもちろん、全然体調も良くなかったし、精神状態もけして良くはないんだけれど、何かこう、何だろうなあ?ひとつ重いコートを脱いだような気分というんですかね?まあ、まだまだ抱えているものがあったにせよ。で、まあ面接も無事受かって。働き始めてから今に至るまで仕事はずっとしてるんです。アルバイトとか。正社員はほんのちょっとしかやってないですけど。まあ、途切れることなく。

 

 

 

杉本:その後どんな仕事をされましたか?

 

 

 

林:えっとね。そのデパートでは商品管理、このときも表に出るのは無理だなと思って。このときも「商品管理室」という伝票を整理するところの人から「続けない?」って言われてまあ断る理由もないしね。でもね、私何かデパートあわなくって。一年半くらいやったかな。でまあ辞めるんですけど、その後も音楽教室のアルバイトも午後ですよね。そこも2時くらいからだったかな?2時~7時とか。でもそこも合わなくて早く辞めちゃうんですけど。で、その後こういうことやってる間も実は仕事に行くことが本当は辛いんですよ。

 

 

 

杉本:ああ~。一瞬すがすがしくなってもやっぱり続けることはなかなか辛かったですか。

 

 

 

林:そこの仕事をするというか、勤めて働くというのは自分を奴隷に取られてる、人質にとられているみたいな。

 

 

 

杉本:そうですねえ。毎日定時にやるべきことはやらなきゃいけない。ルーティンワークは続く、という。

 

 

 

林:そうですね。で、その仕事内容もけして自分がしたい仕事ではないわけですよね。

 

 

 

杉本:ええ。仰るとおりですね。

 

 

 

林:かといって自分が何をしたいというのも見つけられないし、でもとにかくこの時間に行くのでさえ、まあ昼12時くらいに起きるんですけど。30分はかかるかな?起きあがるのに。

 

 

 

杉本:ゆううつで?

 

 

 

林:ゆううつで。もう、引き剥がすようですね。布団を。自分を。で、苦しくて仕様がないんですね。

 

 

 

杉本:わかりますね。

 

 

 

林:だからこのときも病院には通っていて、薬飲まないと行かれないので。で、お金もらってそのお金で病院に行くわけですよ。これっていったい何のために?具合悪くなって病院に行くために稼いでいるんなら、働かなければ病院に行かなくてもいいんじゃないかと。何のために私、こんなことやってるんだろう?という。

 

 

 

杉本:それは泉谷先生とのカウンセリングを続けながらもそう思ったわけですか?

 

 

 

林:そうなんです。結局それはなくならなかったです。

 

 

 

杉本:なるほどねえ。

 

 

 

ドロップアウトした道を行け

 

林:ただ、この後もあと5年くらい続く泉谷先生のやりとりの中では結局一番先生が私に何を言ってたかというと、UXフェスのトークでも仰っていましたけれども、「あなたはもうこっちの道に戻るんじゃなくて、一回ドロップアウトしたこっちにあなたの道があるんだから、こっちに行きなさい」と。仕事も辛い辛いといつも言うと、「何かギャラリーの受付とかありそうだけどなー」とか言うんですよ。「楽しそうじゃないか」と。「そんな仕事ないよ!」っていつも。

 

 

 

杉本:ははは(笑)。

 

 

 

林:いつも行くたびに心の中で「また!分かってない!」とか思いながら。

 

 

 

杉本:ああ~(笑)。非常に良く分かるなあ~。それは。

 

 

 

林:そうでしょ?

 

 

 

杉本:何かズレてるんだよね。その時のこっちの思いとは。

 

 

 

林:そうなんですよ。だけどトークのときも言いましたけど、私はやっぱりこっちに戻りたいと思うわけですよ。「普通」にね。

 

 

 

杉本:うん。「大通り」にね。

 

 

 

林:普通にね。それこそ結婚したりね。そんなみんながやっている楽しいことがしたいと思ってね。

 

 

 

杉本:死体が歩いている道を行きたい、と思うわけでね。

 

 

 

林:そう。思っちゃうわけですよね。でも何かわかんないけど、魂とか、身体はわかってるんです。こっちじゃない、ということを。でもやっぱり「頭」が思っちゃう?だから結局そっち(普通)に戻ろうとすると苦しいんですよ。それで病院に行くでしょ。そしたら先生が「そっちじゃなくて、こっちでしょ」というと、心は楽になる。「ああそうだった、そうだった」。だからその繰り返しですよね。

 

 

 

杉本:うん、なるほど、なるほど。それが30代の、泉谷先生との付き合いが終るまでずっと繰り返し続く、みたいな?

 

 

 

林:30代後半に入る1,2年くらいまでですかね。

 

 

 

杉本:あの~、この『私がひきこもった理由』という本はね。林さんが33歳のときに受けているインタビューだと思うんですね。この頃に泉谷先生のカウンセリングもおおむね終了するんですか?

 

 

 

林:えっとね。途中なんですね、実は。

 

 

 

杉本:あ、そうですか。

 

 

 

林:ちょうどこの本が出たときに泉谷先生、フランスに留学されたんですよ。

 

 

 

杉本:あ!泉谷先生自身がね。音楽の勉強で。フランスに行った、ということですね。

 

 

 

林:そうなんですよ。そこもちょっと先生のいない1年間はけっこうきつい。

 

 

 

杉本:辛かったでしょうねえ。この本のインタビューを受けた年にフランスにいらっしゃったんですか?

 

 

 

林:ちょうど2000年だったと思いますが。2000年の1年、先生はいなかったんです。

 

 

 

杉本:短期留学ですか。

 

 

 

林:そうです。1年間。だからその本が2000年でしょう。2000年に先生パリに行ってるんですね。その間も仕事はつらいし、家の中でも相変わらずストレスフルだし、病院には薬だけもらいに行ってましたが、本当につらかったです。指折り数えるように先生の帰国を待っていましたが、そこで耐え切ったというか、自分でなんとか乗りこえたことが私にとっては良かったように思います。

 

 

 

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